独身男の思考回路

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1986年の三原山噴火全島避難の立役者後藤田正晴と佐々淳行の話

1986年の三原山噴火全島避難の立役者後藤田正晴佐々淳行の話

1986年、三原山噴火による全島避難で島民は助かったわけです。
その陰に後藤田正晴佐々淳行という男達の熱い話が
あったわけですが、その周辺の話がこれまた興味深いのです。

本当かどうかはわかりませんがね。

 

 

何がそんなに凄いのか?


危機管理、リスクマネジメントというのは今は特に珍しい話
ではなく、みなが考える話ですが、この当時はそんな言葉すら
ありませんでした。
にもかかわらず、見事な危機管理を行ったことも凄いのですが
当時の時代背景を考えると、とても凄いというか
ぶっとんだ二人だったんだな、って話。

今は災害が起きた場合、や起きる可能性が少しでもあれば
自衛隊の出動や住民の避難は普通に行われます。
仮に、何も起きなくても、行われます。
そしてそれが当然とみんな思いますよね。
ところが
当時は、この感覚がありませんでした。
もし何も起きなかったら、避難した費用や損害はどうするんだ!
という意見があったんです。
今なら、何あほうなこと言ってんだって思うでしょうけど
当時は、メディアもこんな論調だったんですよ。
三原山噴火するかも、って言うけど避難させといて
噴火が起きなかったらどうするんだ!
避難した費用は税金だぞ!税金の無駄使いはゆるさんぞ!
島民が避難したことによって起きる経済的損害はどうするんだ!

なんて、バカな意見があったのです。しかもかなり多く。

そんな風潮の中で、いや、命あってのものだねだろうが。
という今なら当たり前ですが当時はとても珍しい意見をもって
ことに及んだのが、後藤田正晴さんと佐々淳行さんなわけです。

当時の二人にこんな会話があったとか


住民を避難させる。
これを決断できる勇気を持った人がいませんでした。
噴火しなかったらものすごくたたかれてしまうから。

そこで、後藤田正晴さんがさらっとこれをやっちゃったわけです。
もし噴火しなかったらどうします?と問う佐々淳行さんに対して
「腹でも切ればいいだろう?住民が助かればそれで良いさ」
「佐々君、きみも巻き添えだよ、ワハハ」
と答えたとか。

その後、島民を独断で避難させたとマスコミが大騒ぎ
して、後藤田正晴さんがいるはずの部屋に押しかけたら
すでに、都内のホテルに佐々淳行さんと逃げていたとか。
「佐々君、島民が無事避難できたね」
「これで大騒ぎになる前に我々も逃げるぞ。ワハハ」
なんて言ったとか言わないとか。

かなり肝っ玉な人だななんて思いますね。
ちなみにこの話、佐々淳行さんの著書に出てくる話
なんですけど、佐々淳行さんにとって
後藤田正晴さんは、上司であり、自分を抜擢してくれた人であり
リスペクトの対象ですから
まぁ、良いように描きますね。

そしてその後


そして、噴火が起き、住民が無事避難できた後日談ですが
後藤田正晴さんが、官邸主導で一気に事を運んだわけですが
全く役に立たなかった省庁
※当時
 臨時閣議扱いにするか、稟議あつかいにするか?
 災害対策本部のの名前を何にするか?
 本部の名前に元号を入れるか西暦をいれるか?
ということを話し合っていたそうです。

は、「官邸は独善的で横暴だ」とコメントしたとか。
メディアも、後藤田正晴さんを独裁的と言ったとか。

今見ると、誰が阿呆で誰が切れ者か?というのは
簡単にわかるのですが、当時は判断できたか?というと
どうなんでしょうね。。。



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